説明
清朝の皇族・第10代粛親王善耆の第十四王女。 本名は愛新覺羅顯㺭、字は東珍、漢名は金璧輝、俳名は和子。他に芳麿、良輔と名乗っていた時期もある。 8歳のとき、粛親王の顧問だった川島浪速の養女となり日本で教育を受けた。